byebye清志







数日前youtubeで多摩蘭坂を聞きながら、
「そう言えば清志の病状はどうなったんだろう」と、
懐かしさで胸がいっぱいになって、
まだ完全にCD化されてない、
私のRCサクセションのライブラリーを、
お金の許す限り揃えて行こうと決めたばかりの今日の訃報で。

兎に角偉大な人だった。
なのに私の清志のイメージは、初期のマッシュルームカットの頃と変わらず、
ずっと子供のまんまで、ピュアなまんま。
そしてその後色々な人の音楽を聴き重ねたけれど、
残念ながら彼以上に個性的で、その癖すっと胸に染み入るような、
歌を歌える人物にもライターにも出会えていない。

一体RC最盛期の時代に、
どれだけのミュージシャンやリスナーに、
彼は影響を与えたんだろうか。

彼がジョンレノンに対する追悼歌を、
本当にせつなそうに歌っていた時、
正直その喪失感は事件当時まだ小学生だった私には、
残念ながら悲しみも、リアルタイムには伝わって来なかったし、
(ニュース速報が入ったのは勿論覚えているんですが)
私にとってのジョンはやっぱり彼だったんだなと、
その世界観には多大なる影響を受けたし、
淋しい時に口ずさむ歌はいつもRCの、
「わかってもらえるさ」や「よそ者」だったんで、
その外見の派手さとは裏腹の、
彼の優しさや繊細さがもっと多くの人に、
受け入れられたら良かったのにと、
継承者と思われるミュージシャンが今は皆無と言える世の中に、
失望と言うか、やっぱり知っている世代の人間が、
歌い継ぐしか無いのではと思うけれど、
彼の歌は彼が歌わないとその良さが半減してしまうし、
彼の声の素晴らしさも、天才的な音への感覚も、
誰かが簡単に真似出来る程、容易なものじゃない。

そうonly oneだったからこそ、清志の歌は、
絶対のものとして、揺るがない地位を、
確立していったのだなあと、今更感じてしまうのだ。

どっかの音楽本で昔チャボ(私が初めて好きになったギターリスト)が、
清志は一度寝ると、日を超えてさえ起きないから困ると語っていて、
結構メンバー泣かせの人なんだなと、
その時知ったのですが、仲井戸氏も覚悟していたでしょうけれど、
清志が死んでしまって一番苦しいのは、
若い頃から一緒に活動していた彼だろうなと、
その心中を察してみたりするんですが、
最後の最後まで彼は音楽を奏で続けたし、ブルースを愛し続けたし、
一生ミュージシャンだった。そしてそれは、
この時代には非常に稀有な幸福な事だったのだと、
清志は晩婚だったけど、ちゃんと子種を残したし、
だからきっと次に繋がって行くよ。
だって彼は神になったんだから、もう何処にも行かないし、
私の心にも皆の心にもずっとずっと生き続けるし、
未だに私は彼のスローバラードを歌い切れる技量は無いんだけど、
何時の日か歌える事が出来たら、
その歌を彼を知らない世代に聴いて貰って、
その素晴らしさに触れて欲しいなと、
もう活動するの辞めちゃおうかと思っていた昨今なんですが、
これで一つだけ目標が出来たし、
簡単に弱音を吐いたら彼に怒られてしまうなと、
「Babyもうブルースは嫌いになったのかい?」って、
そう聞かれた時、私は胸を張って、
「いえいえまだこれから始める所です」と、
生きている限り続けていた彼の事を、大いに見習わなくちゃいけないし、
噛み締めて生きて行かないと、罰が当たるなと、
今日は頭から水を浴びせられたような、そんな気分になりました。

拝啓忌野清志郎こと、栗原清志様。
あなたが散って行った季節が五月で、おまけに、
こんなに穏やかな明るい日だった事を、
私一生忘れません。そしてロックの素晴らしさを、
胸に刻んで行ったあなた。
私これからも色々な歌を歌うとは思いますが、
いつも戻って来るのは必ずロックで、
そしてロックな生き様をこれからも貫こうと思いますので、
見守っていて下さい。つ~か、たまには降りて来て、
一緒に酒でも飲みましょうよ(笑)

それでは、私の駄目駄目だった中学時代に、
出会ってくれて本当に有難うございました。

「byebye清志いつまでもいつまでも愛してま~す」


菊地理恵子改め、坂上理恵子改め、小野理恵子より(笑)